まずい、と思った。



暗闇の中でキラリと光るそれを認めた瞬間。

視界からの情報が脳に到達しそれに身体が反応しきる前に放たれたモノ。

一本の光線。

それが自分へと向かって来るのを知覚するとほぼ同時に。



左腕に熱を感じた。

















ピッ。ピピッ。



『−−…こちらDブロック。リーダーを確保。他の者は任務が終了次第援護せよ。繰り返す…』



抑揚の無い、機械のような声が耳元で響く。

それを聞きながら視線を上にする。今にも崩れ落ちそうな住居が所狭しと並んでいる通りからは僅かにしか見えない。暗い、夜の空は。

頭を上にしたからだろうか、一瞬視界がぶれた。焦げ茶色のレンガと光の無い闇色がぐらり、と揺れる。

しかしそんな事で倒れる程ヤワな身体は持ち合わせていない。揺れたのはたった一瞬で。その隙を付いて攻撃してくる敵ももう既にいなかった。

口元のスイッチへと手を伸ばす。



「…はいー。こちらBブロックでーす。占拠完了したので援護に移りますー」



それだけを告げ通信を切る。

こんな現場で発するにはいささか緊張感が欠けている、語尾を伸ばした言い方は自分のクセで。へらへらすんなと、どこかの誰かさんには不評を買っているのだが。

今の言葉は仲間内全員に通じている。悟られなかっただろうか、等と考えて。

どくどくと血を流すそこを押さえ壁に背を預ける。ふう、と吐息に乗せて感じる痛みを少しでもやり過ごそうとした。

と、そこで再び通信機が鳴る。聞こえてきたのは綺麗なソプラノだった。



『−−ファイさん、お疲れ様です。怪我はないですか?』

「あーサクラちゃん。だいじょぶだよー」

『小狼君がDブロックで掃討中です。移動可能ならばすぐに、』

「オーケイ分かった」



オペレーターであるサクラの言葉を遮り連絡を切る。

さてこの血をどうやって止めようか、と考えずるずるとその場に座り込んだ。

目の前には死骸が3つ。その内の一人に撃たれた傷口はどくどくと。止めどなく赤い液体を流し続ける。



「…血液凝固抑制剤でも入ってたかなー?ちょっとキケン、かも」



ぽつり、と小さく一人ごちる。

先程サクラの通信を一方的に切ったのはまずかったであろうか。

まだ少女とはいえ勘の良い彼女の事だ。自分の異変を察知してしまったかもしれない。

…どちらでもいいか、なんて。

血液を流し続ける身体では思考能力が落ちる。このまま目をつむってしまえば楽だろう。その安楽の先に何があるのか知れないが。

ああ、でも。

ただ一人にだけは。



「…キミだけには、知られたくないかもねー」



こんな血を流している自分など。

瞼の裏に彼の人を思い浮かべる。浮かぶのは笑顔などでは無くいかにも不機嫌といった顔で。

眉間に大量の皺を寄せいつもこちらを睨んでくる。そらすことなく真っ直ぐに。それがたまにうっとおしくなる程の。

紅い、瞳。

目をつむり最後に浮かんだのは、そんなモノだった。













「『何やってんだ!!』」



突然耳に飛び込んできた怒声に驚いて目を開ける。

発信源は通信用のヘッドセットからのはずで。なのにそれともう一方から同じ言葉が聞こえてきたのだ。

自分の、至近距離から。

「…なぁんで、来ちゃうかなー?」



キミの担当はCブロックでしょう?と言って笑う。

目の前には2つの紅があって。闇の中でも存分に目立つその色は、いつもと変わりなくこちらを睨んでいる。

目をつむる前に浮かべた、そのままの姿で。



「帰んぞ」

「え?」

「怪我してんなら初めっから言え阿呆」



ため息をひとつ付き、男は血を流していない方の腕を掴む。

その目には呆れ、という感情がありありと浮かんでいて。ああまたそんな目をさせちゃったね、等と心の中で呟いた。



「大丈夫だよこのくらいー。少し休んでただけ。すぐに掃討に行くから」

「バーカ。こんなんで行けるか。かえって足手まといだ」



非道い事を言う。

この男の前だと自分の意志など無いように思えてしまう。

特に、こんな時は。こういう時の男は強引だ。何を言っても効き目はない。 思った通り男はぐい、と腕を引っ張るとしかしそのまま肩に担ぎ上げた。まさかそこまでやられるとは考えていなくひどく驚く。



「ちょ、ちょっと黒りんー?」

「何だ」

「…コレは一体何ですかぁー?」

「本部に連れて帰る」

「…」



連れて帰られるのは予想していたけれど。

このやり方は想像していなかった。抱き上げられる、だなんてそんなのは慣れっこだとばかり思っていたのに。こういう場でやられるとひどく気恥ずかしい。

ずんずんと、男は何も言わずに歩き始めた。その肩越しに向かって話しかける。



「…ねー。黒みー」

「あ?」

「何でオレんとこ来たのー?」

「……姫が、」

「え?」

「姫が、お前が怪我してるかもしれないから行けってさ」



やっぱり気付かれていたのかと。

勘の良すぎる少女を心の中で浮かべつつ。帰ったら滅多に怒らない彼女の怒りが飛ぶんだろうなぁ、なんて思って。

どうにもこうにも。自分の周りにはこういった人が多すぎて困る。

曰く『己を大切にしない』性格の自分を無理矢理変えようとする、人たちが。



「で、そのまま自分のブロックほっぽって来てくれたんだぁ」



愛だね愛ー、と男の肩の上ではしゃいだ。

すると男は己の腰を支えていた左手を一瞬上げそしてその手の平で叩いた。パシン、と乾いた音が鳴る。

それに非難の声を挙げると。

「それよりも。俺に何か言う事あるだろ」

「んーと、何かなぁ」

分かってるクセに、という男の雰囲気を察して。

少しだけ腹が立った。流れ出る血を押さえている手に力を込める。痛みは相変わらず続いていたが、そんな事はどうでもよくて。 男の待っている言葉は分かる。けれど。



「俺だけじゃない。あの姫にもだ」

「……そこでサクラちゃんを出すのは卑怯じゃないかなー?」

「何言ってんだ。嘘付いたのはお前だろ」



むぅ、とそれを言われては黙るしかない。

両頬に空気を入れて膨らませる。子どもみたいだ、と思ったがどうせ男には自分の顔は見えていない。

男が歩く度感じる振動に身を任せて、ゆっくりと目を閉じる。

このまま黙っていたってどうせ自分が負けるのは分かっていた。出会って変わって。その都度こうやって意地を張ってみせた。けれどそれが通じなくなったと痛感したのは何時の事だろう。

確実に自分への対処法の経験値を積んでいるこの男に。本当に素直になれる日は来るのだろうか。

しょうがないねぇ、と心の中で呟いて。男が望む言葉を投げかける。



「『ゴメンナサイ』ー」

「心がこもってない。もう一回」

「…『ごめんなさい』ー」

「もう一回」

「ぅ〜…………『ごめん、なさい』…」

「あぁ?聞こえねぇなぁ」

「んもぅ!黒りーのイジワル〜」

「なんとでも言え。オラもう一回」



ああ、ホントに素直になんてなれるのだろうか。







「……………………………………………………………ごめん」



ぽつり、と。

長い長い沈黙の後。自分が呟いた言葉に。

消えそうな声のそれを男はしっかりと聞き留めたようで。

ニヤリ、と(自分からは見えないが絶対にそんな顔をしていると思った)口端を上げ笑う。



「よく出来ました」



なんて。

それと同時にむに、と尻を揉まれたものだから思わず肩から落ちそうになった。ばかばかエロスケベセクハラ黒様のばかー!と抗議したけれど効果は無く。

柔らかい感触を存分に楽しんだ後、男は最後にこう言った。





「続きは本部に戻ってからな」

「!言うと思った!!」















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まろん*まろん』の佐倉ルミさんに頂きました。
うちのメモ絵を見て書いて下さったようで…私の好みを最大限に引き出して下さってて、もう悶えまくってます!!
ヘッドホン越しと生で聞こえる声が重なるってすごい萌えだと思います…!そして「血液凝固抑制剤」…どんな萌薬ですか…!


ルミさん本当にありがとうございましたー!!!!











【up07/05/04】
【correct07/06/02】